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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)8994号 判決

原告 宝飯運送株式会社

右訴訟代理人弁護士 鳥生忠佑

被告 川口彌太郎

右訴訟代理人弁護士 高橋保治

同 鈴木由彦

主文

別紙物件目録記載の土地について、原告が所有権を有することを確認する。

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地について、昭和三五年二月二六日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

〈前略〉

当事者の主張

(一)  原告の請求原因

1  別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)は、もと、農地であり、被告の先代訴外川口彌三郎の所有であったが、昭和二三年七月、国が自作農創設特別措置法により右訴外人から買収し、その所有権を取得した。

2  国は本件土地を買収後、払渡適格者を確定できなかったことから、これを国有農地としてそのまま保有してきたが、原告は将来本件土地について国から払渡処分を受ける資格を取得するため、昭和三四年一〇月一七日、前記訴外人との間に、本件土地につき同訴外人に払渡があった場合にはこれを原告に売渡す旨の売買契約を締結し、かつ、本件土地の小作人から小作権を取得したうえ、昭和三五年七月一三日、国から国有農地たる本件土地の転用貸付の許可を受けて、これを宅地とし、爾来本件土地上に鉄筋コンクリート建事務所、倉庫、住宅等を建築し、本件土地全部を原告の経営する運送業のため使用していた。

3  ところが、右訴外人は昭和三四年一二月初め死亡し、その後、農地法の一部改正の動きが始まり、買収未払渡地については、その払渡の相手方が当時の農地法第八〇条第二項に定める「買収前の所有者」に限ることなく、現行農地法第八〇条第二項所定のように「買収前の所有者又はその一般承継人」に払渡する旨の方針が出されたため、原告は、前記訴外人の相続人である被告の要望により、同月二一日前記売買契約を一旦合意解約したうえ、昭和三五年二月二六日被告との間で、被告が前記訴外人の相続人として国から本件土地の払渡を受けた場合には、原告に対し、これを三・三平方メートル当り金一万五、〇〇〇円の割合による売買代金で売り渡す旨の条件付売買契約を締結した。

4  しかして、農地法第八〇条第二項は昭和三七年法律第一二六号(昭和三七年七月一日から施行)をもって現行規定のとおり一部改正され、これに基づき被告は昭和四二年一月三一日国から本件土地の払渡を受け、同年九月一九日その旨の所有権取得登記を了したので、原告と被告間の前記条件付売買契約はその条件が成就した。

5  そこで、原告は本件土地売買代金一、二九〇万円から、売買代金に含まれるべき、前記2記載のとおり原告が小作権を取得した際、小作人に支払った離作料金三六三万八、〇〇〇円を差引いた残金九二六万二、〇〇〇円につき、被告に対してこれを受領するよう昭和四四年八月六日到達の内容証明郵便をもって催告したが、被告において理由なく受領しないので、原告は同月一一日右売買代金残額を弁済供託した。

6  したがって、本件土地の所有権は原告に帰属するに至ったところ、被告はこれを争うので、原告は、本件土地の所有権が原告に属する旨の確認を求めるとともに、被告に対し、本件土地につき、前記昭和三五年二月二六日付売買を原因とする所有権移転登記手続をなすことを求めるため本訴に及んだ。

(二)  被告の本案前の主張および請求原因に対する答弁

1  本案前の主張

原・被告間において昭和三五年二月二六日に締結された契約によれば、右契約をめぐって、原・被告間に紛争が発生した場合には、訴外山口長政の裁定に従う旨の約定がなされており、右約定は原・被告間の仲裁契約というべきものであるから、これが仲裁を経ないでなされた原告の本件訴は訴訟要件を欠く不適法なものであるから却下されるべきである。

2  請求原因に対する答弁

(1) 請求原因第一・二項の事実はいずれも認める。

(2) 請求原因第三項の事実のうち、訴外彌三郎が原告主張のころ死亡したこと、原告と右訴外人間の原告主張の売買契約が原告と右訴外人の相続人である被告との間で合意解約されたことは認めるが、原・被告間の契約が原告主張のようなものであることは否認する。

〈中略〉

(3) 請求原因第四項のうち、被告が原告主張の日に本件土地の払渡を受け、その主張の日にその旨の所有権取得登記を了した事実は認める。

(4) 請求原因第五項の事実のうち、原告がその主張のとおりの催告をしたことおよび原告がその主張のような弁済供託をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  被告の抗弁

1  原・被告間で昭和三五年二月二六日締結された売買契約は前記のとおり被告が本件土地を国から払い下げられる権利が確定したとき原告において、前記保証金三五〇万円を売買代金に充当し、その残額の九割を被告に支払い、残金の一割は被告から原告に対して所有権を移転するときに支払う旨の代金支払の約定があったものであり、右にいう被告が本件土地を国から払い下げられる権利が確定したときは、昭和三七年法律第一二六号農地法の一部を改正する法律によって農地法第八〇条第二項が現行のように「買収前の所有者又はその一般承継人」に払渡をする旨改正されたときを指すものであり、右法律は昭和三七年七月一日施行されるに至ったから、原告は右期日までに前記のとおり保証金を売買代金に充当し、売買代金残額(代金総額金一、二九〇万円から右保証金三五〇万円を差引いた金額に九割を掛け合わせた金額八四六万円)を被告に支払うべきであったが、原告は右期日までに原告名義で板橋農業協同組合に預託した右保証金につき、これら名義を被告に変更せず、かつ残金八四六万円を被告に支払わなかったので、被告は昭和四〇年四月一〇日ころ原告に対し、履行遅滞を理由に前記売買契約を解除する旨の意思表示をした。かりに右契約解除の意思表示がなされなかったとしても、被告は本訴(昭和四四年一〇月七日の口頭弁論期日)において、原告に対し、前記売買契約を解除する旨の意思表示をした。

2  かりに右事実が認められないとしても、前記売買契約はその契約時と原告の権利主張時期に著しい時間的ずれがあり、その間に地価が著しく昂騰し、かつ、右原告の権利主張の時期が遅れたのは専ら原告自身の責に帰すべき事由によったものであるから、このまま被告に前記契約に基づく契約上の義務の履行を認めることは著しく正義に反するものというべきであり、被告は事情の変更の原則に基づき、本訴(昭和四四年一〇月七日の口頭弁論期日)において、原告に対し、前記売買契約を解除する旨の意思表示をした。

(四)  被告の本案前の主張および抗弁に対する原告の答弁

1  本案前の主張に対する答弁

原・被告間の売買契約に被告主張のような仲裁契約があったことは否認する。原・被告間の売買契約には、本件土地につき、被告が国から払渡を受ける場合と、原告が直接に国から払渡を受ける場合とを明確に区別し、前者の場合にはその要件はすべて合意されており、後者の場合のみ、原告は訴外山口長政の裁定による相当金員を被告に贈与することが定められているにすぎない。

2  抗弁に対する答弁

(1) 抗弁第一項の事実は否認する。本件土地についての売買代金残額(前記売買代金総額から原告が支払った離作料を差引いた金額)は、原・被告間において所有権移転登記と同時に支払うべき旨約定されていたものであり、原告はすでに請求原因第五項記載のとおり、右売買代金残額を適法に弁済供託しているから、原告はなんら履行遅滞の責を負うものではない。なお、被告は原告の履行遅滞を理由に契約を解除する旨主張するが、法律上必要な催告をしていないから、契約解除の効果は発生しない。

(2) 抗弁第三項の事実は否認する。

本件土地の売買代金三・三平方メートルあたり金一万五、〇〇〇円という価格は売買当時すでに時価より高価なものであったうえ、当時原告は被告に対し離作料名義で金五〇万円を支払っていることにあわせ、本件土地のその後の時価の騰貴は原告においてこれを整地して宅地とし、本格的利用を開始した努力によるものであって、単なる客観的事情の変更によるものではないことを考慮すると、被告の主張は事情変更の原則による解除権発生の要件を充足していない。

三、証拠〈省略〉

理由

一、被告は、本件土地の売買契約をめぐって、原、被告間に紛争が発生した場合には、訴外山口長政の裁定に従う旨の仲裁契約が存在する旨主張するので、まず、この点について判断する。

いずれもその成立に争いのない甲第六号証、乙第一号証によれば、原、被告間の本件土地についての売買契約書なるものには、その最終条項に、「右契約に両者意見相違の場合には山口長政の裁定に従うものとする。」との文言があることが明らかであるが、証人山口長政、同小田寛治の証言に前記甲第六号証、乙第一号証のその他の契約条項を総合すると、右条項の趣旨は、決して右売買契約によって生ずる具体的紛争の解決をすべて訴外山口長政に一任し、その判断が原、被告双方の意に満たない場合であっても、原、被告双方は無条件でこれに従うといった強い意味があるものではなく、たかだか、右売買契約による金銭的紛争が生じた場合には、これが解決策につき、農業協同組合長等の職にあり土地問題の専門家であった右訴外人に相談に加わって貰うという趣旨のものであったことを認めることができる。〈省略〉。

右事実によれば、前記契約条項をもって民事訴訟法が予定するような仲裁契約があったものと断することはできず、他にこの点に関する被告主張事実を認めるに足りる証拠のない本件では、被告の本案前の主張は理由がないことに帰する。

二、そこで、本案につき、まず、原告主張の停止条件付売買契約の存否およびその条件の成就の有無について判断する。

本件土地がもと農地であり、被告先代訴外川口彌三郎の所有であったが、原告主張のころ、国が自作農創設特別措置法により右訴外人から買収し、その所有権を取得したこと、原告が右訴外人との間で、原告主張のころ、その主張のような理由から本件土地につき売買契約を締結し、かつ本件土地の小作人から小作権を取得したうえ、そのころ、国から本件土地の転用貸付を受けてこれを宅地とし、爾来本件土地上にその主張のような建物を建築し、本件土地全部につき原告の経営する運送業のため使用してきたこと、および右訴外人が原告主張のころ死亡し、その相続人たる被告と原告との間で、原告主張のころ、前記売買契約が合意解約されたことはいずれも当事者間に争いがない。

そして〈証拠〉に前記争いのない事実を総合すると、原告は、かねてよりその経営する運送業のターミナル建設用地を物色していたが、本件土地が自作農創設特別措置法により旧所有者たる訴外川口彌三郎から国が買収し、いまだ払渡適格者が確定できず、国有農地として国がそのまま保有していることを知り、これが払い下げを得るため、当時の行政指導に従い、右訴外人との間で、昭和三四年一〇月一七日右訴外人が国から払渡を受けることを条件に本件土地を金一、二九〇万円(三・三平方メートル当り金一万五、〇〇〇円)で買い受ける旨の停止条件付売買契約を締結し、国有地の払渡を受けるには旧地主のほか耕作者の承諾が必要であったことから、そのころ、当時の本件土地の小作者であった訴外小原重雄に離作料として金三一三万八、〇〇〇円を支払って小作権を取得したうえ、昭和三五年七月一三日国から本件土地の転用貸付の許可を受け、払渡になる土地は農地には復さないこととし、土地はできるだけ十分に利用するため恒久的建物を敷地一杯に建設すべきであるとする当時の行政指導にしたがい、本件土地を宅地化し、本件土地上に鉄筋コンクリート建事務所、倉庫、住宅等を建築し本件土地全部をその経営する運送業のため使用していたこと、一方被告の先代訴外川口彌三郎は昭和三四年一二月死亡し、被告がこれを相続したが、その当時買収未払渡地についてはその払渡の相手方が当時の農地法第八〇条第二項に定める「買収前の所有者」とされ、行政解釈として右にいう「買収前の所有者」とは、一代限りであって一般承継人はこれに含まれないとされていたこともあって、同年一二月二一日前記原告と右訴外人との間の売買契約は原告と右訴外人の相続人たる被告との間で合意解約されたが、そのころ農地法の一部改正の動きが始まり、買収未払渡地については現行農地法第八〇条第二項所定のように「買収前の所有者又はその一般承継人」に払渡する旨の方針が出されたため、昭和三五年二月二六日あらためて原告と被告との間で本件土地の停止条件付売買契約が締結されるに至ったこと、右契約の大要は、1、農地法の改正により相続人にも払渡が出来うるとされた場合には被告は原告に対し、本件土地を三・三平方メートル当り金一万五、〇〇〇円で売り渡すこと、2、原告が小作人に支払った離作料および原告が保証料名下に被告に対して支払う金五〇万円は右売買代金の内金とすること、3、原告は本売買契約を保証するため板橋農業協同組合に対し、金三五〇万円預託すること、4、右預託金は買収未払渡地の払渡の相手方が旧所有者の一般承継人にまで拡張される農地法の一部を改正する法律が施行された場合には、売買代金の内金として原告において被告に支払い、残額の九割に相当する金員も原告において遅滞なく被告に対し支払うものとし、残額は、被告において国から払渡を受け、その旨の登記の際に支払うこと、というものであり、原告は右同日被告に対して右2記載の金五〇万円を保証料名下に支払ったうえ、右3記載の約定に基き金三五〇万円を板橋農業協同組合に預託したこと、その後前記農地法の改正は昭和三七年五月一一日法律第一二六号をもって公布され、同年七月一日から施行されるに至り、これに基いて被告は昭和四二年一月三一日頃から本件土地の払渡を受け同年九月一九日その旨の所有権取得登記を了したことを認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる十分な証拠はない。

右事実によれば、昭和三五年二月二六日原告と被告間に締結された本件土地の売買契約は前記農地法の一部を改正する法律が施行されることを条件とし、右条件は右法律が昭和三五年七月一日施行されたことにより条件が成就したものというべきである。

三、次に、被告の、履行遅滞による契約解除の抗弁について判断する。

原告において、前記売買契約に定める代金支払期日に所定の売買代金の支払をしなかったことは本件弁論の全趣旨に照らし明らかであるところ、被告は、原告の右履行遅滞を理由として、まず昭和四〇年四月一〇日ごろ、原告に対し、右売買契約を解除する旨の意思表示をした旨主張するが、契約解除の前提条件である「相当の期間を定めた履行の催告」についてなんらの主張もしないうえ、被告が右年月日ごろ原告に対して契約解除の意思表示をしたとする点については本件全証拠をもってしてもこれを認めるに足りない。被告は右昭和四〇年四月一〇日ごろに契約解除の意思表示をしたことが認められないとしても、本訴においてその旨の意思表示をする旨主張するが、前同様「相当の期間を定めた履行の催告」につき、主張および明確な立証のない本件においては右意思表示をもって契約解除の効果が発生したものとはいえず、したがってこの点に関する被告の抗弁は理由がないものといわなければならない。

四、進んで、被告の事情変更の原則による契約解除の抗弁について判断する。

前認定のとおり原、被告間の停止条件付売買契約は昭和三五年二月二六日に締結されたものであり、昭和三七年七月一日に条件が成就したものであるが、右契約の成立時と契約解除時(昭和四四年一〇月七日の本訴口頭弁論期日において同年九月一八日付答弁書の陳述により解除の意思表示がなされたものなること当裁判所に顕著である。)までの間、本件土地の価格が騰貴したことは特段の事情のない本件においては容易に窺い知ることができるが(契約解除時の本件土地の価格についてはこれを証すべき資料はない。)一般に土地については価格の高騰が著しいことは公知の事実であるから、年月の経過による土地の価格が騰貴する事情の変更は当事者の予見せず、または予見しえない事情の変更とはいえないうえ、証人小田寛治の証言、被告本人尋問の結果に前記認定事実を総合すると、

1、被告は前記条件成就の日から解除権を行使した前記昭和四四年一〇月一七日までの間、原告に対し、前記契約に基く債務の履行を請求することもなくなかばこれを放置し、本件土地につき国から払渡処分を受け、或いはその旨の登記をしたことなどについてはこれを原告に通知するようなこともなかったこと

2、昭和四〇年四月ごろ、原告会社の監査役訴外片山理が被告宅に赴き、前記契約に基く三・三平方メートルあたり金一万五、〇〇〇円の売買代金で支払う旨の申し入れがあったが、被告において土地の値上り等を理由としてこれを拒否し、昭和四一年ごろには右訴外人が右売買代金の二倍程度の金額を提示してこれを支払う旨再び被告に申し入れをしたが、前同様の理由で拒否されるところとなったこと。

3、本件土地の売買代金のうち、金三六三万八、〇〇〇円(原告が、小作人に支払った前記離作料金三一三万八、〇〇〇円と被告に保証料名下に支払った前記金五〇万円の合計)は前認定のとおり支払ずみの形になっていること。

4、前認定のとおり、本件土地はもと農地であったものを原告において国から転用貸付の許可を得て宅地化しその価値を増大せしめたものであることなどの事実を認めることができ(被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信することができない。)、これらに合わせ、前記二で認定したような原告が本件土地について被告と売買契約を締結するに至った経過を総合勘案すると、被告は本件土地に関する前記売買契約を事情変更の原則の適用により解除することをえないものとする外はないから、この点に関する被告の抗弁は理由がないものといわなければならない。

五、しかして、原告は本件土地代金一、二九〇万円から売買代金に組み入れらるべき前記金三六三万八、〇〇〇円を差し引いた残金九二六万二、〇〇〇円につき、被告に対してこれを受領するよう、昭和四四年八月六日到達の内容証明郵便をもって催告したが、被告においてこれを受領しなかったことから、原告においてその主張の日に右売買代金残額を弁済供託したことは当事者間に争いがないから、これにより、原告は本件土地の所有権を取得したものというべきであり、被告は原告に対し、前記売買契約を原因とする所有権移転登記手続をする義務があり、また、被告が本件土地の所有権の帰属を争っていることは本件弁論の全趣旨に照らし明らかである。

六、よって、原告の本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利教)

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